近藤平三郎

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明治10年(1877)生薬業を営んでいた家に生まれた。
平三郎は父の遺志で満4歳2か月のとき、松崎小学校へ入学した。下校後、夕食をすぐすませて長谷川校長の部屋に行き、机に向かい合って勉強してから2人で枕を並べるのが日課であった。
4年間の小学校課程を終えて、蓮台寺にあった豆南高等小学校へ入学。試験では常に満点をとっており、ここを主席で卒業した。
父親の希望で東京神田のドイツ語学校へ入学。その後第1高等中学校入学から第1高等学校卒業までを、学校制度の改革もあって4年という短い期間で終えた。東京帝国大学医科薬学科に在学中は成績優秀の特待生で通し、二年生の時陸軍委託生に選ばれた。卒業式では成績優秀で、明治天皇の直前で恩賜の銀時計を拝受した。
「大正」と改元した頃、平三郎は東大講師と軍医学校教官を兼任しながらアスピリン・塩酸コカインなどの研究を進めた。
「昭和」になった頃からアルカロイドに研究を絞り、この研究が後に薬品や麻酔技術を発展させる。国内だけでなく、ドイツなどの学校の教科書にも掲載された。
松崎町では唯一の文化勲章受章者。昭和38年(1963)11月17日没、享年85歳。

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